巷ではlivedoor PICSがflickrをパクってると話題ですが、確かにデザインやUIをパクってるんでしょうが、ちょっと見ただけでも機能にしたらまだ10分の1ぐらいしかないんじゃないでしょうか?
さらに写真の枚数なんていったら、10分の1どころじゃない、何万とか何十万分の1でしょ?
50%ルールかなにかしらないけど、この程度の機能でリリースして、将来flickrを超えるものになるってのはちょっと考えられない。
UIが日本語なだけで使うユーザや、livedoorというブランドで使うユーザもいるかもしれないけど、後発しかも日本語限定で、ユーザ数がflickrに及ぶとは到底思えない。
機能とユーザ数が及ばないのだから、当然写真の枚数もflickrに永遠に届かない。
このやりかたではいくら時間がたってもflickrに永遠に及ばなくて、ちょっと世界一の金持ちは通そうだぞ、と。
(これから先に予定している)livedoorで提供してる他のサービスとの統合が強みになるのだ!ということができるかもしれませんが、Web 2.0ではWebはプラットフォームでサイトの壁を越えてmashupしてってのが本気なら、これもどうなのよ?と。
ところで皆さん「Data is the Next Intel Inside (おさかなラボ)」は読みましたか?
Web 2.0ではMashupによってヨソのサイトへのデータ供給が加速する。データとその供給方法が優秀であればあるほど多くの人が喜んで使ってくれるだろう。そして優秀なデータであれば、少々シールが貼ってあっても誰も文句は言わないだろう。むしろ信頼性の証として、シールが貼られていることを望む人だっているだろう。
わけです。
bloggerにflickrバッヂが貼ってたり、typepadにdel.icio.usが表示されてたりするのが、「Data is the Next Intel Inside」といえる状況で、livedoor blogやlivedoor フレパに同じユーザのlivedoor PICSの写真が出てきても、「Intel Inside」のステッカーとはゼンゼン違うのです。
3個のコメント
「パクってるけど、パクれてない」わけだな。
「模倣している」といわれるくらいのクオリティを出すか、「完全にパクっている」といわれるくらいの気合いがないと、やっぱりウサンくささは消えないわな(w
「データとその供給方法が優秀であれば」は、後半だけ同意かも。
「データが優秀」かどうかは、どこにもそのモノサシはなく、なんでもイイと同時になんでもダメなんじゃないか?
って、この場合「データ形式が優秀」って意味ぢゃないよね?
「データが優秀」は、シールを貼る人にとって優秀であればいいわけで、ほとんどの場合自分のデータだからそれって当たり前というかなんちゅーか。
もうひと押しして言うと、自分がアップロードしたデータに対して「優秀なデータをありがとう」ってサイトにいわれたら誰でも嬉しいってもんで、あと、taggingとかも自分のデータが優秀になっていくような感覚を生み出す要素になってるんだろーと。
大局的というかマクロな視点からだと、例えば「flickrの写真はほとんどが素人のロクにピントもあってないゴミのようなものばかりだ」だとか「われわれの存在を脅かすものではない」なんてプロの写真家にいわれたりだとかでも、データに対して語られた時点でもうそれは十分優秀なんじゃない?
言ってることはわかるし、大体同意かな(w
ただ、オレはそこには「優秀モノサシ」はいらんやろ。。。と。
「イイという人が多いデータが優秀」ってモノサシを容認するのはちょとコワイからかも。
個人レベルでも一般レベルでも。
「イイという人が多いデータだね」で、とめておきたいなぁと。
一方で「評価されるために作っているデータ」ってのは存在するわけで、そういうデータに対しては「優秀・ダメ」とはっきり言えばいいと思うし、多数決でいいと思う。
「Webはプラットフォームでサイトの壁を越えてmashupして・・・」なんて、データ(の内容)について短絡的に捉えてたらつまんないものにしかならないような気がするなぁ〜。ぼかぁ〜(w